親としての想い・・・。ー先生と話していて口をついて出た言葉。
先日、ZOOMでのセミナーに参加していました。
二年足らずの間、自分はまだ、経営者になり切れていない、などと思い詰めて、まあ、勉強してきました。
最近は、受験期や春期講習、新学期をいいことに、サボっていました。
3月、久しぶりに出席して、「ご無沙汰いたしまして・・・。」とお詫びしたのにもかかわらず、4月は忙しく、教室の片隅で、少しの間、と思って休んでみたら、セミナーの時間を過ぎていた、という失態もやらかして、不勉強者に逆戻りしたのでした。
何となくお詫びしないではいられない気持ちで、お詫びはしておきました。
さて、5月。
サラリと宿題提出。
本当にサラリ。
肩の力を抜いて、別に経営者になってなくても、教師だけでもいいじゃない、と思いながら、取り組んで、提出をしておきました。
気楽に、サラリと受講しました。
自分が取り組んだワークに、先生があれこれコメントをくださるのです。
ついでに、先生が今までいろんなところで紹介してくださった本についても質問してみたり・・・。
「すごい質問やなあ・・・。」と言われても、めげずにちゃっかり教えてもらいたいことは、しっかり教えていただき、その次の日には届いた本を読んでいました。
私が実行したワークの中で、先生の質問に対して、私がお答えした言葉に、自分でもハッとしたところがありました。
なぜそんな話になったのか、その流れをつかみたくて、何度も動画を観なおしているのですが、なんとも自分の本音を語っていたのでした。
私は、自分の娘に、自分とは真逆の人生を歩ませてやりたい、と思ってしまったので、何となくわかるんですけど・・・。
という言葉でした。
私は、小さいときから勉強が好きでした。
でも、女性に生まれたことを楽しんできたか?というとそうでもありません。
今でも、女扱いした!と、怒ってしまうこともあります。
むしろ、女扱いされて喜んでもいいのに。
本人が好きなら勉強の方に進むことも後押ししただろうと思います。
でも、もう、一歳半の頃には、
あ、この子、私とは違う。
ということがわかっていました。
娘には、もっともっと大切なものがあることがわかったのです。
幼稚園に入っても、小学校に入っても、その後もずっとずっと大切なものがあり、そして、それが彼女を支えているようでした。
でも、娘側からの気持ちは、正直わかりません。
ただ、小さいころから、母が私には実質的なもの、質のいいもの、外見的に可愛いものより、もっと言うなら可愛いものよりも、中身を育ててくれそうなものを与えてくれましたが、私は、娘に女の子らしい、可愛いものを持たせてあげたいと思ったのです。
とはいえ、小学校を卒業するころには、私よりも、3倍くらい早く本を読んでは、あきれるやら、腹立つやら・・・。
自分に、これ、というものがあるということは、本人にも自信になっていたようです。
中学校の頃には、地味だ、と周りにからかわれていたらしいところは、しっかり受け継いでいるのかもしれませんが、華美なことが好きではありませんでした。
でも、娘自身の気持ちはどうあれ、今よりも若かった私は、娘に対して、自分が教師だから、○○、とか、自分の思いで、娘の中にある大切なものを壊さないように気をつけていたような気がします。
私は、教師という仕事が好きです。心底。
そうして、学ぶことが好きです。
おそらくは、できることならば、死ぬ直前まで授業をしていたいでしょうし、教えるために、そして自分のために学ぶことをやめないでしょう。
学びたいことはたくさんあります。
ドラッカーを読破したい。
できることならフロイト全集を詠めないだろうか・・・?
日本古典文学大系、大系本をたくさん読みたい。
そして、最近現れた哲学。
先生にお願いして?あるいは、もしかしたら独学で、カントを原書で読んでみたい。
歴史書もまだまだ読みたい。
けど、それは私の楽しいこと。
娘には、私とは違う方面への興味関心を示した娘には、娘にとって大切なものを育ててほしい。
そう願っていた、今より若いころの自分の願いを、ぽろっと先生に話してしまって、私は思わず、娘が幼いころからの想いを、じんわり感じてしまったのでした。
自分の想いが、自分の心を明るくして、温かくしてくれました。
先生は、そちら方面の方ではありません。
それなのに、本当に、変な方向で気づきをくださったのでした。
日ごろ悪態ばっかりついてきたのに、思わず知らず親切な先生です。(笑)
ご本人には言わないだろうし、絶対にお礼なども言いませんが、心の中で、こっそり私は感謝しているのです。
そして、その先生とのやり取りの動画を何度も何度も観ては、喜んでいるのです。
いえ、これは私だけのしあわせのために。
恩着せがましい気持ちは全くなくて、自分の心の中にあるもののせいで、私の心は温かくなっているのです。
自分の愛情に思わず知らず気づいて、1人心温まる思いでいるのです。
こっそり、先生、ありがとうございます。
どうせ、また顔を合わせたら、ああ、また、言葉で勝てないわ!と、内心、悔しい想いもするのかもしれませんが・・・。