県立高校の入試第一日目が終わり、受験生の未来を考えたということ
若い人たちと接する仕事なので、自ずと自分の高校時代や大学時代を思い起こし、どういう想いをしていたかということに思いをはせることが多くなる。
もう、ほぼ10年ほど前になるだろうか?
教育の仕事をしていると、と書いてみて、いやどんな仕事をしていてもそうなのだろうけれど、私は大きく迷ったことがあった。
その数年前にもう、ああ、私はどうも宮仕えには向かないな、と思い、いずれ起業しなければならないことは薄々感じていたのだけれど、そうそう踏み切れるものでもなかったし、大きくはなっていたけれど、まだ子育ても終わり切ってはいなかった。
本格的にそう思っていて、第二弾がその後にやって来た。
思うように教育活動をしたい。
でも、組織の中にいると、バランスだとか調和だとかいう名のもとにできなくなることが多い。
今の教室だって、スタッフにお願いして指導してもらったら、また私の仕事が増えてしまうということもある。
人を育てることは難しい。
そんな迷いのときに、高校時代の先輩や同級生がどうしているのか?と思い、インターネットでみんなを訪ね歩いているようなときがあった。
まるでネットストーカーのよう?いえいえ、その志から勇気と元気をいただきたかっただけである。
この先輩にはいつか認めてもらいたい、今、連絡を取っているわけではないけれど、いつか再会した時には、
自分、よう頑張って来たなあ・・・。
と言ってもらえるようになりたいと思ってきた。
でも、残念な再会もたくさんあった。
先輩、あれほど音楽の出来に厳しかった先輩が、そんな演奏を、歌を、お金をもらって聴かせるんですか?
自分の人生に起こったことに、そんな後ろ向きな言い訳めいた言動をするんですか?
憧れていたわけではなくて、むしろ煙ったくて、どちらかというと嫌いだったけれど、もしかしたらその人を嫌っている自分が嫌だったのか、どういう理由でか和解したかったのか、そういうことを思っていた。
人にあれだけ偉そうに言っていたのなら、先輩は何があっても凛としてほしかった・・・。
などと、いったいだらしないのはどちらかわからない、というような思いをしていた。
正直、その先輩のいらっしゃる地方にまで出掛けて行って、シャキッとしてくださいよ!と言って、張り倒したろか?とまで思った。
それをある先生に言ったら、
人間、何十年も経ったら、性格も何も変わってるって・・・。
とまたまた人生に何も期待していたないかのような、言葉が返って来た。
だいたい、諦めることを知らない私のような人間に、そのような言説は無駄である。
無駄になりそうなことを言う人に聞いてみる私も私である。ただし、この時のそのご発言には、また違った裏の意味もあったように思われてならない。
誰かれなく再会しに行ってしまいそうな私を止められたとか?(笑)
自分の人生は誰かに認めてもらうためのものではないし、自分で切り開いていくものであって、それぞれの人生に起こる出来事に、誠実に対応していくのも自分の仕事であり、人は全く関係ないのである。
でも、あれだけ偉そうに、自分はー、○○!
などと言っていた先輩方が、結構な姿勢で生きているのを見ると、私は残念である。
振り返って、自分はどうかを考える方が気が利いていると思うけど・・・。
まあ、そんな若いことをしている私なので、若い人たちの人生に、これからの未来に、希望を見出し、自分との出会いもできることなら明るい出会いにしたいと思いながら日々を生きている。
できることなら、少々勉強したら、素敵な人生になるんだ、と思ってもらえるような仕事をしていたいと思う。
これから彼らは高校に進学し、いろんな人と出会うことになるだろう。
いろんな人から影響を受け、いろいろものを考えるだろう。
反面教師にしたい人も現れるだろうし、逆に、こんな人がいるなら、生きていく希望になる、という人もきっと現れるに違いない。
年を重ねて、先輩の背中を見ていた時代はとっくに過ぎて、自分で自分の道をひたすら切り開いていかなければならない。
誰かが思ったような生き方をされなかった、誰かは素晴らしい、と他人の評価をするのではなくて、いかに自分が素敵に生きていけるかということを自分の力でそのときそのとき考えながら決めていかなければならない。
人生は岐路の連続。
親ガチャ理論など、その人の意志でばかりではない、というような話もあるけれど、それでも、よくあろうと岐路に立った時、いい方の自分へとつながるような進路を選びたい。
さて、右に行く、左に行く?どっちが易しい?歩いて行き易い?
もちろん、安全で、歩きやすい道を選ぶことも大事である。
でも、それが人として、そうではない方がいいとき、その道を選んでしまったら、その後どうしたってそっちを選んだ影響というものは幾分か出てくる。
それよりも、私は、少々困難でも、かっちりと積み上げていけるような経験ができる方を選びたい。
乗り越えるためにやってくる少々難しいことに対しては、乗り越えて見せようじゃないの!という気概を持って対したいものである。