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とことんまで工夫して、楽しんでみること!

仕事柄、いろいろなところからの情報はとりあえず取り入れるようにしている。
入試制度から、政治の在り方、世の中の動き、そして、教育や青少年の実態などなど。
その中でも、いい子だったのに、中学校3年生頃から、わからなくなって・・・、という特殊な記事を読んだ。

そんな記事を読んでいると、富山県は平和だなあ・・・、といつもつくづく思わされる。

私は大阪育ちで、生まれは大阪市内なので、今の大阪よりもずっと都会のイメージのある頃の大阪で育った。
小学校の大半とそれ以降大学時代までは、京都寄りの茨木市に住んでいたが、母校の中学校は、全国紙で取り上げられたほどに、当時は荒れていたので、都会の物騒なことはだいたい経験しているということになる。
ただ、私は、周りで何が起ころうと、かなりマイペースな方なので、巻き込まれるということがなかった。

転校生が1人いる3年生のクラス替えのあったクラスでの初めてのHRで、新しくよその中学校から赴任してこられた担任の先生に、
お前、転校生か?
と言われるほどに、私はその雰囲気に染まってはいなかったのだと思う。

昔からマイペースだった。
周りの状況にのみ込まれてしまうことができない。
私は私。
それに、どこか冷静に、将来○○になるには(あるいは○○な状態になるには、かな?)、今、何をしなければならないか?ということを考えていた。
その自分の目標に向かっていると、周りのことが見えなくなる、というのもあるだろう。
とりあえず、自分がしなければならないことに必死で、周りを見渡している暇がなかったのだろう。
とはいえ、自分がしなければならないことを阻まれるのは、昔も今も苦手である。
全力で、阻もうとする要因になるものをのけようとするところがある。

でも、とりあえず、自分がやらなければならないことは、必死で取り組む。
とりあえず目安は、そのことが苦痛にならないで、むしろ楽しくなるくらいまで、とりあえず習得する。

ちょっと、そっちですか・・・!?と言われそうであるが、昔、うちにいなくてはいけなかった頃は、どろんこ遊びが好きな娘のお気に入りのお洋服が、いつでも着られるように(つまりは、くまのプーさんのフード付きのTシャツがいつでも着られるように。)、私は、いかに安くて汚れ落ちのいい洗剤を使うかということに真剣になり、その洗剤を求めて、100円安い洗剤を買うために、娘を乗せて、何キロもあるところのドラッグストアまで自転車を走らせていたこともあった。そこには、娘の大好きなくまのプーさんのキャラクターの顔のいい香りのするシャンプーも売っていたので、二重に発見!となった。お給料日に、あるいはボーナスが出たときだったか、ちょっと余裕のある時に、喜んで買いに走った夏の日を忘れない。
麦わら帽子を被って、くまのプーさんのTシャツを着て、喜んでいた娘の可愛かった姿も思い出す。

それから、尿酸値の高い夫のために、なんとかお野菜をたくさん食べさせようと、レシピ研究もした。
その頃のお料理は、いまだに、人気メニューとして、ときどき出てくる。
どこにもないお料理である。
その頃、結構餃子も研究した。
正直、私の餃子はおいしい。
のは私の勝手な思い込み、というか、私の好みで、水っぽくて、平べったくて、ぺらぺらしていて香ばしく、何枚でも食べられるからである。なにせ中身の大方は野菜。
お肉などつなぎ程度としか考えていない、野菜餃子。
あるとき、賞味期限が迫っている、いつもは手が出せない黒コショウを手に入れ、それで作ってみたら、お肉の味が違った。いつもと同じお肉だというのに!
それからは、調味料を選ぶことには余念がない。
お金を出して、いい調味料を買うのなら普通のことだから、そこは工夫して、あれこれ必殺技を使うのである。(笑)

あんたのところは調味料が多い、と呆れられているが、私にとっては必需品。
それから、洗剤研究もいまだに余念がない。

仕方なく始めたことだというのに、いつの間にか大好きになったことが多すぎる。
娘のバトンのおかげで、衣装縫いは、まるで洋裁教室に通っているみたいだった。

いつか仕事する日が来るのかなあ・・・、とぼんやり考えていながら、その時はその時することに一生懸命だった。
何事も楽しんでやってみて、目の前のしなければならないことを楽しみたい、と思う。
子育て時代ほどに、自分への強制力が小さいとはいえ、いや、だからこそ、自分でしっかりやりたいことをしっかりと見据えていたいのである。

どうってことない日常であろうと、何かをし続ける日常だろうと、同じように時間が過ぎていくのだったら、ちょっとは楽しくなるようにもって行きたいな、と思っているのである。

公開:2022/11/27 最終更新:2022/11/27